
家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくんです。
今回は、私の体と命に向き合ってきた経験について、じっくりお話ししたいと思います!体重が134kgあった頃の減量生活から、大腸がんの手術、そして人工肛門(ストーマ)との出会いまで、私の歩みは体との対話の連続でした。思い通りにいかない体に悩み、立ち止まった日々を振り返りながら、今感じていることを率直に綴っていきます!
食べる幸せと134kgの記憶、そして自炊で50kg痩せた原点

私は惣菜屋の三男坊として生まれ育ちました。食べることが毎日の楽しみだったその環境を、以前書いた自炊ダイエットの記事では、こう書いています。
私は東京都板橋区の惣菜屋で生まれ育ちました。両親と祖父母、そして7人兄妹という大所帯の中で育ったので、食べ物には常に恵まれた環境でした。台所には常においしそうな香りが漂い、テーブルにはお惣菜がずらりと並ぶ。小さい頃から「食べることは幸せそのもの」という価値観が根付いていたんです。
実家が惣菜屋ということは、好きなものがいつも手の届くところにあるということでもありました。同じ記事には、こうも書いています。
さらに、実家が惣菜屋ということは、いつでも唐揚げやコロッケ、煮物、炒め物など、食欲をそそる総菜が手の届くところにあるということ。しかも家族が多いぶん、大皿料理が当たり前なので、どれだけ食べても止める人はいませんでした(嘘です、止めてくれてましたが私が無視しましたw)。
止めてくれていたのに、私が無視した。そう笑って書けるくらい、食べることが好きでした。運動よりゲームやパソコンで遊ぶことが好きだった私の体重は、右肩上がりに増えていきました。
気づけば高校入学式だけで退学してしまい、仕事を始めた頃にはすでに100kgを余裕で超えていました。
仕事を始めてからは、リフォーム会社やEC事業と、刺激的な毎日でした。そのぶん食生活は乱れがちで、深夜までの業務が続けばコンビニ飯か外食。気がつけば、体重は134kgを超えていました。そのころの体の変化も、同じ記事に書いています。
134kg台になった私は、身体的にもキツい場面が増えました。階段の昇り降りで息が切れるとか、服がどんどんサイズアップするとか、膝に痛みが出始めるとか…。
痩せようと決めた決定的なきっかけは、「このままじゃ結婚できないかもしれない」と感じたときでした。ジムに通うとお金がかかる、仕事が忙しくて時間もない。そこで思いついたのが、実家で学んだ料理を活かすことでした。
そこで思いついたのが、「実家で学んだ料理スキルを活かして、自炊で節約しながら痩せられないか?」ということだったんです。
惣菜屋の息子として、おいしく食べて痩せたい。そこで始めたのが、自分で台所に立って作る自炊ダイエットでした。
惣菜屋三男坊としては、「おいしく食べて痩せる」を追求したかったんですよ。
結果として、私は134kgから約50kgの減量に成功しました。食べることを敵にするのではなく、愛しながら体を整える。この自炊の歩みが、私の原点になりました。
50kg減量を支えたおからパウダーとひじきのレシピ

50kgの減量を成功させる上で、私の食卓に毎日のように登場していた主役のおかずがあります。それが、おからパウダーを使った卯の花と、ひじきの煮物でした。
具体的な作り方はこちらのおからパウダー卯の花&ひじきの煮物のダイエットレシピに詳しくまとめてあります。ぜひご覧ください。
50kg痩せた時、毎食のようにこの卯の花とひじきを食べていました。便秘知らずですっきり快腸。そして満腹感があって安くて美味しい。
ひじきの水溶性食物繊維、卯の花の不溶性食物繊維のダブルパワーで便秘解消間違いなし。
特別な魔法があったわけではなく、自分の手で台所に立って体に優しい料理を作り、自炊と食事の工夫を続けた日々の誠実な繰り返しこそが、50kgの減量を支えてくれた土台でした。
2025年1月、大腸がんの手術と「普通じゃない体」との出会い

50kgの減量を達成し、食べることを大切にしながら元気に過ごしていた私に、思いがけない大きな出来事が起きました。突然の出来事でした。
2025年1月21日、私は直腸がんの手術を受けました。
そして手術の後、私はストーマ(人工肛門)をつけることになったんです。
人工肛門。正直、重いテーマだと思いました。
今まで当たり前だと思っていたお尻からの排泄ができなくなり、お腹に造設されたストーマから排泄物を出す生活が始まるという現実は、あまりにも重いものでした。
手術から1年が経った頃に書いたストーマ閉鎖から現在までを振り返った記事でも、その時の素直な心境を吐露しています。
去年の今頃は「これからどうなるんだろう」って不安でいっぱいだった。6月〜12月は腫瘍マーカーが反応して再発?転移?の疑いで不安の中で検査漬けでしたが今、こうして元気でいられる。本当にありがたいです。
ストーマに「チョーさん」と名前をつけた日

重い現実を前にして、私はひとつの行動をとりました。そこで、私はストーマに名前をつけたんです。「チョーさん」。そう呼ぶことにしました!親しみを込めて呼びました。
人工肛門をお腹につけた時、それを隠したいもの、自分を苦しめる厄介者として捉えてしまうのは自然な感情です。でも、憎んだり疎ましく思ったりしたところで、ストーマが消えてくれるわけではありません。受け入れる道を選びました。
2025年1月のApple Journalに、私はその時の気持ちをありのままに書き残していました。「もう1人の赤ちゃんみたいなもの。おむつ濡れてないと不安なように、しっかり出ると嬉しい。かわいい。愛そうチョーさん。」
チョーさんは、私のお腹に宿った小さな赤ちゃんのような存在でした。赤ちゃんの育児を経験した方なら分かると思います。おむつがずっと濡れていなかったら、体調が悪いのかなと心配になりますよね。
かわいい。愛そう、チョーさん。そう心から思えた時、私は普通じゃない体を受け入れていました。
でも、チョーさんを愛おしいと思えたことで、私の中の最後の呪いがゆるんでいったんです。すっと肩の荷が下りました。
完全な体でなくてもいい。誰が決めたかも分からない普通という枠に自分を無理やり当てはめなくてもいい。お腹にチョーさんを抱えた今の私のままで、十分に生きていく価値があるんだってこと、心から実感できた瞬間でした。
ストーマ交換で百点をもらえた小さな達成感と閉鎖手術

百点をもらえたこと。それは、私にとって本当に小さな達成感でした。
誰かに誇るような派手な成功体験ではありません。世間から見れば、ただ病気の手当てをしているだけに過ぎない日常の些細な一コマです。
でも、病気になり、体を切り、ストーマをつけて生きている私にとっては、自分の手で自分の体をきちんと管理できたという確かな証拠でした。
凸凹でも、ありのままでいい。頭ではずっと知っていました。
けれど、それを体で、理屈を超えて実践できたのがあのときだったんです。完璧ではない凸凹な体だからこそ、手間をかけてケアし、愛着が湧く。百点をもらえたという小さな喜びが、私の心をどれほど温めてくれたか分かりません。
そして季節が変わり、2025年6月を迎えました。ストーマの閉鎖手術が行われました。過去の記事でも触れている通り、閉鎖手術は無事に完了しました。
2025年1月21日、直腸がんの手術を受けました。あれから1年。今こうして生きて、ブログを書けている。それだけで奇跡だなって思います。6月にはストーマ閉鎖手術も無事に終わり、今は普通の生活ができています。
しかし、手術が終わったからといって、すぐに病気前の体に戻るわけではありません。手術後の回復の歩みを記録した記事でも当時の様子を率直に書いています。
手術をして、ストーマを閉じて、少しずつ体を取り戻していく途中でした。ホッとしたのも束の間。ストーマ閉鎖手術の直後でした。腫瘍マーカーが跳ね上がったんです!夜の病室で一人、「再発か、転移か」と震えました。
かつて134kgあった私が50kgダイエットしたときも、大腸がんを経験したときも、身に染みて分かったことがあります。日々の小さな習慣こそが、体と命を支えてくれるということです。
ストーマを閉じたあとにも、不安な時間はありました。それでも、日々の小さな習慣が体と命を支えてくれる。ダイエットのときも、がんのときも、私が実感したことは同じでした。
凸凹な体を受け入れて生きるということ

振り返ってみると、私の人生は体と向き合い続ける日々の連続でした。山あり谷ありの道のりです。子どもの頃から食べることが幸せで134kgまで太ってしまい、そこから一念発起して自炊で50kg減量した経験も、大腸がんの手術も、すべて今の私につながっています。どれ一つ欠けても今の私はいません。
人は誰しも、理想の体や健康を求めます。スマートで美しく、どこにも不調のない完全な自分でありたいと願うものです。完全を求める心です。でも、現実はそう思い通りにはいきません。太ったり、病気になったり、思いがけない後遺症や傷を抱えたりすることがあります。それが人生です。
凸凹のままでいいんだなって、心から納得できました。普通じゃない部分を嫌って隠そうとするから、心の中に呪いが生まれてしまいます。呪いからの解放です。
欠点や弱点、人とは違う凸凹な部分こそ、名前をつけて愛してあげる。そうやって自分自身を丸ごと肯定できたとき、人は本当の意味で自由になれるんだってこと、身をもって実感しました。大きな気づきでした!
今、病気や体の不調、あるいは体型の悩みを抱えて苦しんでいる読者の方がいます。人には言えない悩みを一人で抱え込み、出口のない暗闇の中にいるように感じているあなたに、私はこの言葉を届けたいと思っています。切なる願いです。
「癌」って漢字、よく見てみてください。「やまいだれ」に「口が3つ」で「品の山」。これ、言いたいことを飲み込み続けると、体に溜まっていくってことらしいんです。
全部一人で抱え込んできたこと。その積み重ねが、体にも表れていたのだと、がんになって知りました。
一人で抱え込んで、しんどくなってる人に「大丈夫、頼っていいんだよ」って伝えたい。
がんになったことも、借金したことも、太ったことも。全部、今の自分の糧になってる。
一人で抱え込まなくて大丈夫です。誰かに頼ることは恥ずかしいことじゃないって、伝えたいんです。周りの人を頼り、医療を頼り、支えてくれる人たちに弱音を吐いていいんです。弱さを認めることは、決して負けではありません。勇気ある一歩です!
そして何より、あなた自身の体を愛してあげてください。どんなに凸凹でも、どんなに普通とは違っていても、その体は今日まであなたという命を懸命に支えてきてくれた、たった一つの尊い器です。かけがえのない体です。
あなたの普通じゃない部分も、そっと愛せますように。心からそう願っています!


